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大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)3015号 判決

原告

畑平助

右訴訟代理人

中田明男

外二名

被告

北地長

被告

株式会社日興商会

右代表者

藤繩重雄

右両名訴訟代理人

中尾英夫

被告

兵庫県

右代表者知事

坂井時忠

右訴訟代理人

奥村孝

外一名

主文

被告らは、各自、原告に対し、金三、〇一三、五七六円およびうち金二、九一三、五七六円に対する被告北地長および被告兵庫県においては昭和四九年八月四日から、被告株式会社日興商会においては同月七日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

この判決は、右第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

被告らは、各自、原告に対し、金三、〇九五、五八五円およびうち金二、九九五、五八五円に対する本訴状送達の日の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求原因

一、事故の発生

1  日時 昭和四八年四月二四日午後三時四八分頃

2  場所 兵庫県芦屋市精道町七番一二号

国道四三号線構道交差点内

3  加害車 普通(軽四輪)貨物自動車(登録番号六神戸ふ六九一五号)

右運転者 被告北地長

4  被害者 訴外亡畑重穂

5  態様 本件交差点の東、西両側にある南北横断歩道のうち、西側の南北横断歩道を南から北に向つて横断中の被害者が、本件交差点を東西に走る国道四三号線の東行第二車線を走行してきた被告北地運転の加害車に跳ね飛ばされた。

二、責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告株式会社日興商会は、加害車を所有し、業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。

2  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告北地は、本件交差点を走行するにあたり、横断歩道上を横断中の歩行者の有無を確認すべき注意義務があり、かつ、自己が進行していた国道は東行五車線で、自車の右(南)側三車線上の車両は、いずれも前方の信号が青色を表示していたにもかかわらず停止していたのであるから、横断中の歩行者の存在を十分予見しえたはずであるのに、前方を注視せず、かつ、とくに減速や徐行もしないで、漫然加害車を運転して進行した過失により本件事故を発生させた。

3  公権力の行使に基づく責任、公の営造物の設置、管理の瑕疵に基づく責任(国賠法一条、二条)(左記責任原因の主張に順位はない)

(一) 被告兵庫県の責任根拠

(1) 兵庫県公安委員会(以下、単に公安委員会という。)は、同県知事の所轄の下にあつて兵庫県の警察を管理する。

(2) 公安委員会は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため、信号機、道路標識等を設置し、および、管理して交通規制をする権限があるのみならず、交通のひんぱんな交差点、その他交通の危険を防止するために必要と認められる場所には信号機等を設置する責務がある。

(3) そして、もとより右の交通規制にあたつては、信号機等の設置、管理は、歩行者がその前方から見やすいようにし、かつ、道路又は交通の状況に応じた適切なものでなければならない。

(二) 本件交差点における交通状況

(1) 本件交差点を通過する国道四三号線は、芦屋市を東西に貫き、半日の東、西各行合計の通行量が約五七、〇〇〇台にも達し、とりわけ、大型車の通行がきわめてひんぱんな、県下でも最大級の幹線道路であつて、右国道により、付近地域は完全に南北に分断されている。

(2) 他方、本件交差点付近は、右国道の南側は住宅街であり、ほかにテニスコートや公園等が存在し、北側には交差点の北西角に幼稚園があるのをはじめ、北約一〇〇メートルには、市役所があり、その先には阪神芦屋駅を経て、警察署、法務局、税務署、保健所、福祉センター、健康センター等の日常の住民生活と密着した官公署がつらなつているから、東、西両側の横断歩道の通行者は多く、その数は一時間に四八〇名にのぼり(裁判所の昭和五〇年一一月一八日の現場検証時、必ずしもピーク時ではない。)、通行者には子供、乳母車を押した母親、老人、身体障害者等、交通弱者といわれる者が多数含まれている。しかるに、右横断歩道は後記のとおりいずれも全長三八メートルに及び、横断歩行者は横断に比較的長時間を要する。したがつて、その安全のためには交通規制上特段の配慮がされなければならない。

(三) 歩行者用灯機の設置の必要性

(1) 本件交差点には、右のとおり東西に国道四三号線が走り、該国道は、両側の歩道(その幅員は各六メートル)を含めたその総幅員が約五〇メートルで、中央には幅員四メートルの分離帯が設けられ、これによつて東、西各行の車線が分離されおり、また、南北に県道奥山精道線が走り、これは歩車道の区別のない幅員七メートルの道路で、両者は直角に交差している。

(2) 右国道の東、西各行車線は、それぞれ四車線、幅員はいずれも一七メートルあり、路面に白線で区分帯が表示されており、一方、国道を横切る南北の歩道間を結ぶ前記東、西両側の横断歩道は、いずれも路面に白の縞模様で表示され、その幅員は六メートル、その長さは右の各行車線と分離帯の幅員をあわせた合計三八メートルにおよぶ。

(3) 本件交差点付述近の右国道の真上には、阪神高速道路が高架道路としてこれに平行して走り、分離帯上には、これを支える橋脚が設けられているが、交差点内には分離帯も橋脚もない。交差点には信号機が東、西に各二灯、南、北に各一灯設置され、これにより交通整理が行われているが、南北の横断歩行者のためにはとくに歩行者用灯機はなく、車両用の信号機が兼用されている。

(4) 右のような状況であつて、横断歩道を歩行する通行者には、対面の信号が極めて見にくいし、また、横断歩道西側の分離帯の東端部分は、北側が大きくえぐりとられ、前記の四メートルの幅員が0.95メートルまではせばまり(つまり、東行車線は、横断歩道の手前で一七メートルから約二〇メートルに広まり、五車線となつている。)、東行車両が交差点で右折やUターンかしやすい構造になつており、現に右折もしくはUターンする車両は多く、横断歩道東側の分離帯も南側がえぐりとられて西側の分離帯と同じ構造、交通状況となつている。

(5) 歩行者用灯機の設置基準については警察庁交通局長通達によつて明らかにされているが、それによると、つぎのいずれかの一つに該当する場合はこれを設置するものとして六つの基準を挙げているところ、本件交差点は、そのうち

イ、信号機の一つの表示面では歩行者に見えにくい場合

ロ、車道幅員が原則として一六メートル以上ある場合

ハ、車両の右折または左折が多く、歩行者の横断を早めに止める必要のある場合

にいずれも該当するから、公安委員会は、本件交差点に歩行者用灯機を設置すべきであるのにこれをしていないのであつて、この点に公権力の行使における過失がある。

(四) 信号表示時間の不適当等

(1) 本件事故当時の信号の表示時間は、南北の信号は青色三七秒、黄色四秒、赤色七九秒であり、東西のそれは青色七〇秒、黄色四秒、赤色四六秒で、東西、南北道路の信号とも同時に赤色(いわゆる全赤)を表示する時間は2.5秒であつた。

しかるところ、歩行者の歩行速度は一般に毎秒一メートルであるから、前記横断道路を横断する歩行者は、対面の信号が青色を表示すると同時に横断を開始したとしても、青色の表示時間内には渡り切れないのであり、黄色と全赤の表示時間を考慮しても、6.5秒の余裕があるだけである。したがつて、右横断道路の歩行者は、その信号が青色にかわつてからわずか6.5秒後に渡りはじめた場合には、普通に歩いていると渡り切つた時には東西の信号は青色となつている。ところで、歩行者の横断必要時間は、実務上で考えられているが(Wは横断歩道の長さ〔メートル〕、Nはピーク時の一周期の歩行者平均人数である。)、いま、これを右横断歩道にあてはめてみると、長さは三八メートル、平均歩行者数は八名(前記検証時の西側横断歩道におけるもの)であるから、横断必要時間は39.2秒となるのであつて、南北信号の青色の表示時間の不適切であることは明らかであり、しかも、右は、一般成人の歩行者を基準とするものであるから、老人、子供、身体障害者等、歩行速度の遅い通行人についてはなおさらである。

(2) 公安委員会は、南北信号の黄色、全赤の表示時間については、横断歩道外にある分離帯を安全地帯であるとして、これを前提に合計6.5秒の表示をしているが、右分離帯は、道交法二条六項に定義されている安全地帯ではないのは勿論、事実上の安全地帯の役割も果していない。すなわち、本件交差点の東、西両側の分離帯は、前記のとおりもともと国道上を走る高架(高速)を支える橋脚の敷地として設置されており、しかも、東、西各行車両がUターンや右折がしやすいように北あるいは南側が大きくえぐりとられ、かつ、現にひんぱんにUターンや右折する車両はこのえぐりとられた部分に添つて走行しているので、歩行者がここに佇立することは危険であるし、少くとも心理的な威圧を受け事実上不可能である。そして、分離帯は横断歩道上に約0.5メートル突出しているにすぎないうえ、横断歩道に面した部分の先端には、高さ約一メートルのコンクリートの台がある。したがつて、あえて分離帯上に退避しようとすれば、一たん横断歩道の外に出なければならず、幹線道路内においてはこれは極めて危険な行為であり、まして、老人や子供にこれを強いることは不可能である。したがつて、安全地帯の存在を前提とする黄色、全赤の合計表示時間の不適切なことはいうまでもない。

右の次第であるから、公安委員会の信号機の管理には瑕疵があるか、もしくは、公権力の行使における過失があるといわなければならない。

(3) しかも、公安委員会は、分離帯を安全地帯と評価しながら、その位置、構造について歩行者を安全に退避させるべく道路標識や標示をする等の措置をせず、また、道路関係当局にも働きかけたりしていない。これは、歩行者を欺く信号管理であり交通管理であるというべきである。このように適正な安全地帯を設置していないことは、交通警察の実施を怠つた公権力の行使上の過失というべきである。

三、損害

1  被害者の死亡

被害者は、本件事故のため頭部外傷(第三度)、全身打撲傷の傷害を被り、事故後二〇日間を経過した昭和四九八年五月一三日心不全および消化管出血により死亡した。

2  治療関係費等

(一) 治療経過と治療費

一三、一二〇円

被害者は、事故当日である昭和四八年四月二四日から同年五月七日まで伊藤外科病院、同月七日から同月一三日に死亡するまで神戸大学医学部付属病院に入院して、それぞれ治療を受けたが、原告は、その間の治療費のうち一三、一二〇円を支払つた。

(二) 交通費 二八、六一〇円

被害者を伊藤外科病院から神戸大学付属病院に転院させた際の寝台自動車代金および右付属病院より自宅まで遺体を搬送した費用として、原告は、二八、六一〇円を支払つた。

(三) 入院雑費 一七、六六二円

原告は、被害者の前記入院期間中の雑費として一七、六六二円を支出した。

3  葬儀費 五五二、三八〇円

原告は、被害者の葬儀を主宰し、その費用として五五二、三八三円を支払つた。

4  死亡による逸失利益

一、三三三、八一三円

被害者は、事故当時六六才の健康な家庭の主婦であつたところ、事故がなければ、同後七二才まで六年間就労が可能であり、その間少くとも一か月四三、三〇〇円の女子平均賃金相当額の収入を得ることができ、同人の生活費は収入の五〇%と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一、三三三、八一三円となる。

5  慰藉料 四、五〇〇、〇〇〇円

被害者は、生前夫や身体の弱い原告らの身の廻りの世話をしていたものであるが、本件事故により前記のような傷害を受け、原告ら親族の必死の看病や入院先での治療の甲斐もなく、二〇日間意識不明のまま無念、非業の死を遂げたものであり、その精神的、肉体的苦痛は筆舌に尽くし難く、これをあえて金銭に評価するならば、四、五〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

6  権利の承継

被害者の法定相続人としては、夫の畑久治、同人と被害者間の子伊藤千穂子、青野三女子、畑俊平、畑平助(原告)、畑皎子の六名があり、かつ、以上がすべての相続人であるところ、原告以外の右相続人らはすべて相続を放棄したので、原告は、前記4、5の被害者の損害賠償債権を全部取得した。

7  弁護士費用 二五〇、〇〇〇円

以上のとおり、被告らは、本件交通事故により被害者および原告が被つた損害を賠償する責任があるのにこれを支払わないので、原告は、やむなく本訴の提起、訴訟の追行を弁護士に委任し、その着手金として一〇〇、〇〇〇円を支払つたほか、報酬として三五〇、〇〇〇円を支払う旨約束したが、本訴では、そのうち二五〇、〇〇〇円を請求する。

四、損害の填補

三、五五〇、〇〇〇円

原告は、自賠責保険から三、五五〇、〇〇〇円の支払いを受けた。

五、本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(損害総額三、一四五、五八五円のうち三、〇九五五、五八五円の支払を求める。付帯請求は、右請求金額から一〇〇、〇〇〇円を差し引いた二、九九五、五八五円に対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金である)を求める。

第三  請求の趣旨に対する被告らの答弁

一、被告北地および同日興商会

一は認める。

二の1は認め、2は争う。

三は争う。

四は認める。

二、被告兵庫県

一は認める。

二の3は争う。

三、四は争う。

(1)  信号機の管理に瑕疵はない。

信号機の動作は単純であり、また、現在の灯火が時間的にどの程度経過したかを表示することは不可能であつて、かかる信号によつて交差点を進行する種々の車両や通行人を規制するのであるから、信号機は絶対安全の機能を有するものではなく、「安全のめやす」の機能しか果たし得ない。したがつて、信号の表示時間についても、交通の円滑と安全の両者を勘案して決定すべきところ、本件交差点の近くには立体交差した歩道があることを考えれば、本件南北道路の信号の表示は、老人を含めた通常人が、青色になつた直後あるいはその後しばらくの間に横断を開始して安全に渡り切れるだけの時間を考慮すればよい。そうだとすると、本件南北信号の表示時間は適切なものというべきである。

(2)  信号機の管理と本件事故との間には因果関係は存しない。

被害者は、信号が黄色に変つた西行車線上で直ちに南側歩道へ戻らなければならないのにそのまま横断を続行し、そのため本件事故が発生したものであるから、かりに十分な黄色の時間を与えても、本件のような事故は発生したものである。

第四  被告らの主張

一、免責(被告会社)

本件事故は、被害者の一方的過失によつて発生したものであり、被告北地には何ら過失がなく、かつ、加害車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたから、被告会社には損害賠償責任がない。

すなわち、被害者は、青信号で横断を開始したが、分離帯に到達する以前に信号が赤色にかわつたのであるから、本件交差点における交通量、横断歩道の状況等を考えれば、分離帯に一たんとどまり、つぎの青色信号まで待つて北への横断を再開すべきであるのに、これにかまわず横断を強行したものである。

他方被告北地は、加害車を運転して制限時速六〇キロメートル内の約五五キロメートルで、国道四三号線の東行車線の第二車線を西から東へ本件交差点に差しかかつたが、その手前約六〇メールの地点では対面信号が青色であり、しかも、交差点の手前の停止線で加害車の右(南)側の第三、第四車線上で信号待ちをしていた数台の車両が、徐々に発進しはじめていたのを確認して交差点に進入したのであるから、同被告に過失はない。この場合、交通量の多い国道を信号を無視して横断する歩行者の存在を予測して運転せよということは、余りにも過大な要求をすることになる。しかも、第二車線から分離帯までの距離は長く、前記のようにその間には他の車両もあつたため、分離帯の方向からの歩行者がいることは特に予測し難い状況であつたことを考えればなおさらである。

二、過失相殺(被告ら)

本件事故の発生については、被害者にも前記のとおり信号無視の過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺を考慮すべきである。

三、損害の填補(被告北地、被告会社)

被告会社は、原告に対し左記の金額を支払つている。

治療費 金九三四、八七〇円

看護費  金三八、八三〇円

第五  被告らの主張に対する原告の答弁

損害の填補の点は認める。ただし、右損害の填補は、いずれも本訴請求外の損害に対するものである。その余は争う。

第六  証拠関係〈省略〉

理由

第一事故の発生

請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

第二責任原因

一運行供用者責任

請求原因二の1の事実は、原告と被告会社との間に争いがない。したがつて、被告会社は、自賠法三条により、その免責の抗弁が認められない限り、本件事故により被害者および原告の被つた損害を賠償しなければならない。

二被告会社の免責の抗弁および被告北地の一般不法行為責任

〈証拠〉によれば、つぎの事実が認められ、〈証拠判断略〉。

1  被告北地は、自動車を運転して殆んど毎日のように本件交差点を通行しているが、事故時においても加害車を運転して、国道四三号線(該国道は本件交差点を東西に走り、東、西各四車線で、交差点における横断歩道手前で五車線となつている。)の東行二車第線(北から二番目)を制限時速(右国道は、制限時速六〇キロメートルに規制されている。)内の五〇ないし五五キロメートルで走行してきたところ、交差点の手前三〇ないし四〇メートルの地点に至つて対面の信号が青色を表示しているのを確認したこと

2  その際、東行全車線には、交差点西側の停止線の手前で車両が停止し(加害車の右方の第三車線上の先頭の車両は普通貨物自動車、第四、第五車線上のそれは大型貨物自動車)、被告北地はその右前方を見ることができなかつたこと

3  右第一、第二車線上の車両は、対面信号が青色を表示するや、直ちに発進しはじめたが、第三ないし第五車線上の車両は対面の信号が青色であるにもかかわらず、本件交差点で右国道を横切る横断歩道(横断歩道は本件交差点の東側と西側にあるが、その西側)を歩行する被害者が通過するのを待つため、その後もしばらく停車し、同人が通過した後に徐々に発進を開始したこと

4  被告北地は、第三車線上の前記普通貨物自動車の動向を不審に思いながらも気にとめず、信号の表示にだけ頼つて、減速することもなく、そのまま漫然と走行を続けたこと

5  ところが、第三車線上に停車ないしはわずかに前進を開始していた右貨物自動車の前方から、被害者が西側の横断歩道を北に歩行して来るのを直前になつて認め、直ちに急制動の措置をとるとともに左に転把したが、雨上りで路面が湿潤しており、ブレーキが十分きかないこともあつて間にあわず、自車の右側面を被害者に衝突させてこれを路上に転倒させた上、そのまま東側の横断歩道上まで走行して停車させたこと

6  一方、被害者は、その対面信号が青色を表示している途中で西側の横断歩道を北に向つて歩行しはじめたが、国道の中央にある分離帯に至らない前に右信号の表示は黄色に、そして、さらに分離帯付近で赤色にかわつたが、とくに歩度を速めるわけでもなく、そのまま歩行をつづけたこと、

以上の認定事実によれば、被告北地は、本件交差点の手前三〇ないし四〇メートルよりもつと手前から前方の交差点の信号に注意すべきである(そうすれば、同被告が事故現場に差しかかつた際、信号の表示が赤色から青色にかわつた直後であり、したがつて、前方横断歩道上にいわゆる信号残りの歩行者が存在することを予測し得たはずである。)のは勿論、自車の右側の第三車線上の車両の動向について不審を抱いたのであるから、前方を横断する歩行者の存在を予測して減速して徐行し、前方に十分注意を払うべきであつたのに、これを怠り、漫然そのまま走行をつづけたものであつて、同被告にはこの点に過失があるものというべきである。

そうすると、被告北地は、本件事故により被害者および原告の被つた損害を賠償すべきであり、また、被告北地に過失が認められる以上、被告会社の免責の抗弁は理由がないから被告会社も進行供用者として本件事故により被害者および原告の被つた損害を賠償すべきものである。

三兵庫県の信号機の管理上の瑕疵責任

〈証拠〉によれば、つぎの事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  本件交差点は東西に走る国道四三号線と南北に走る県道奥山精道線との交差するところであり、右国道は芦屋市を東西に貫く県下でも最大級の幹線道路であつて、その交通量は一二時間で五七、〇〇〇台にも達し(昭和五〇年)また、右県道は幅員は七メートルで、本件交差点には前記のとおり右国道を横切る横断歩道が東、西両側にあり、いずれもその幅員は六メートル長さは三八メートルに及び、これを歩行する者は多い(昭和五〇年一一月二八日の現場検証時における西側の横断歩道の通行者は、午後二時頃の比較的通行の少ない閑散な時間帯で後記信号一サイクルの二分間に八名である。)。

2  右国道、県道奥山精道線はアスフアルト舗装がしてあり、国道にはその中央に後記のとおり分離帯が設けられ、これによつて東、西各行の車線が分離され、右各行車線とも幅員は一七メートルで、横断歩道の外側3.6メートルに停止線があること、本件交差点の信号機は、定周期のもので、東、西に各二灯宛、南、北に各一灯宛設置されているが、南北には歩行者用灯機は設置されておらず、車両用の右信号機が兼用されていること、本件事故当時の信号の表示時間は、東西が青色七〇秒、黄色四秒、赤色四六秒、南北が青色三七秒、黄色四秒、赤色七九秒で、全赤時間は各2.5秒であつたこと。

3  分離帯の形状はつぎのとおりである。

(一) 右国道の中央には分離帯があり、本件交差点付近の右分離帯にはその真上を通る阪神高速道路の高架を支える橋脚がある。

(二) 分離帯は、東、西両側の南北横断歩道に0.5メートル突出しているのみで交差点内には存しないこと、そしてその高さは約二五センチメートル、幅員は四メートルであるが、西側の分離帯をみるに、その東端より二二メートルのところから東に北側が少しずつえぐりとられ、しだいに細くなつて、東端から西約一二メートルの間はその幅員は、0.95メートルであり、東側の分離帯も南側がえぐりとられて右同様の構造となつていて右折やUターンがしやすく、そのため本件交差点直前では、車道は、東、西とも幅員が約二〇メートルに広がり、四車線から五車線になつており、この第五車線の路面には右折の車線区分の表示がされ、現に該交差点で右折やUターンをする東、西各行の車両が多く、横断歩道上でこれをしていること、なお、県道から本件交差点へ入つてくる車両で右折するものも多いこと

(三) そして、右の幅員0.95メートルの分離帯の先端には0.5メートルの間隔を余して(つまり、横断歩道の外側端付近に)高さ約一メートルの防禦壁が突出部を包むような形で設置されていること、したがつて、歩行者が横断の途中、危険を避けるため分離帯に退避するには、一たん横断歩道外に出て防禦壁を廻り込んでその中に入らなければならないこと

以上の認定事実に基づいて考えてみるに、

(一) 被害者は、後記のとおり本件事故当時六六才の老人であつたところ、その歩行速度が一般に街路でみかける老人、子供を含めた通常の歩行者よりも劣つていたことを認めるに足りる証拠はなく、したがつて、被害者は通常の歩行者というべきである。以下通常の歩行者について述べる。

(二) 〈証拠〉によれば、本件南北信号機の黄色、全赤の合計表示時間は分離帯を安全地帯と考え(もつとも、その旨の表示はどこにもない)、これを前提として定められていることが認められるところ、分離帯は、横断歩道からこれに上るには防禦壁が邪魔となるから横断歩道を出て防禦壁を廻り込んで上らねばならず、しかも、分離帯上に退避しても、その幅が狭く、両側を大型車を含む多数の車両が通過するため身体の危険を感じる程で、客観的にも危険であり、退避する者が多くなればなおさらのことであつて、人の安全を図るに足りるものではなく、これを通行者に退避を要求することのできる安全地帯とはいい難く(結局、横断歩道は、安全地帯を持たない全長三八メートルの横断歩道と考えるべきものである。)、したがつて、安全地帯があることを前提として定められた本件南北信号機の黄色、全赤の合計表示時間は、その前提を欠く不適切なものであることはいうまでもない。これを本件被害者の横断について詳述すれば、つぎのとおりである。

歩行者は、その対面の信号が青色を表示しているときは歩行することができるのであつて、つぎの青色信号まで待たなければならないものではない。それで、対面の信号が青色を表示しているときに歩行者が横断を開始し、その途中で信号の表示が黄色になつた時、渡り切る距離と引き返す距離のうち短い方の距離を安全に歩行(すみやかに)することのできるだけの時間的余裕(厳密には、後記引き返す場合の引き返すとの判断、方向転換等に要する時間も加味して考慮されなければならない。)が黄色と全赤の合計表示時間には必要であり、歩行者の安全のため、必ずやこの時間は設けられなければならない。

本件において、前記のとおり被害者は、本件南北信号機が青色を表示している途中で西側の横断歩道の横断を開始し、西側の分離帯付近に至つたときにその表示が赤色となつたところ、前記のとおりその直前の黄色の表示時間は当時四秒であつて、〈証拠〉をも併せ考えると、被害者は、信号が青色から黄色に変つた時点では少なくとも右横断歩道の南端から右分離帯の南端までの一七メートルの中央点まで、すなわち、8.5メートルは進行していたものと考えることができる(被害者はもつと進行していたものと認められるが、その距離を知りうる証拠がないので、計算の便宜のため右8.5メートルをとる。)。

ところで、前記のとおり本件南北信号機の黄色の表示時間は四秒、全赤のそれは2.5秒で、合計しても6.5秒(この時間経過後は東西の信号表示は青色となる。)しかなく、被害者が、信号が黄色表示に変つた地点から右8.5メートルを引き返すべく急ぎ足で毎秒約1.5メートルの速度(証人渡辺勘は、一般に人の急ぎ足の速度は毎秒約1.5メートルという。)で歩いたとしても、信号の変化を見て引き返す判断をし、ついで一八〇度方向転換をして歩き出すまでには、経験則上少なくとも一秒は必要であつて、この点をも考慮すると、右時間内には戻り切れなかつたのであり、もとより北に渡り切ることはできず、結局、被害者は、退くにしても、進むにしても、右時間内にはこれを果しえず、このように不適切で危険な信号表示のもとに本件事故に遭遇したものというべきである。つまり、公安委員会の設置、管理する本件南北信号機の黄色、全赤の合計表示時間は横断歩行者にとつて不適切、危険なものであつて、その管理に瑕疵があつたものというべく(少なくとも右点については、信号機は安全のための単なるめやすなどというべきものではない。)、そして、それが本件事故発生の一因となつているものと帰結せざるをえない。

(三) 被告兵庫県は、被害者は信号が黄色に変れば元に戻るべきであるのにそのまま横断を続行したため本件事故が生じたもので、かりに十分な黄色時間を与えても本件のような事故は発生したものであるから、信号機の管理と本件事故との間には因果関係はないと主張するが、適切な黄色、全赤の合計表示時間であつてもなお本件のような事故が生ずるとはいいえないから、右主張は採用できない。

(四) もつとも、今日まで本件交差点で他に本件のような事故の生じたことを認めるに足りる証拠はないが、事故がなかつたとしても、それは、横断歩行者が、青色信号に変つた直後ないしその後間もなくに横断を開始するとか、危険ではあるがやむなく分離帯に退避するとか、走つて横断するとか、さらには後記地下の横断歩道や横断歩道橋を渡るとかのごく慎重な、ないしは、特段の注意、努力に基づく横断方法をとり、一方では車両の運転者が注意しているためであると推察されるから、事故がなかつたことのゆえに前記判断が左右されるものではない。

(五) また、〈証拠〉によれば、本件交差点の西側約三五メートルには南北に通じる地下の横断歩道があり、東、西いずれも約二〇〇メートル先には横断歩道橋があることが認められるが、平面の横断歩道を設ける以上は、その横断歩道について歩行者の安全をはかるべきことはいうまでもないから、右各設備があることによつても、前記判断が左右されるものではない。

してみると、被告兵庫県は、本件事故により被害者および原告が被つた損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。

公安委員会において、以上の判断に従うならば交通行政上種々の支障、問題が生ずることが考えられ、右判断は厳しいものと受けとれようが、歩行者の安全は最優先に考慮されるべきもので、そのための適切な対策を不動の前提として、生ずるであろう支障、問題を解決すべきものである。

第三損害

一被害者の死亡

請求原因三の1の事実は〈証拠〉によつて認めることができる。

二治療関係費等

1  治療経過と治療費

一一、四七〇円

〈証拠〉によれば、請求原因三の2の(一)の治療経過、原告は、その間の治療費のうち、一一、四七〇円を支払つたことがそれぞれ認められ、これを超え原告がさらに一六五〇円の治療費を支払つたことを認めるに足りる証拠はない。

2  交通費 二八、六一〇円

〈証拠〉によれば請求原因三の2の(二)の事実が認められる。

3  入院雑費 六、〇〇〇円

さきに認定した被害者の受傷の部位、程度、受傷から死亡にいたるまでの治療の経過(後記のとおり被害者はその間意識不明であつた。)、入院期間転院の事実、〈証拠〉を総合して判断すると、原告が支出した被害者の入院による雑費は六、〇〇〇円を超えるが、そのうち損害として賠償を求めうべき入院雑費額は六、〇〇〇円と認めるのが相当であり、これを超える分については、本件事故と相当因果関係があるとはいい難い。

三死亡による逸失利益

一、九六七、四九六円

〈証拠〉を総合すれば、亡重穂は、事故当時六六才の健康な主婦で原告や夫の身の回りの世話をしていたところ、事故がなければ八一才と推定される向後の余命の約半分の七年間は家事労働が可能であり、その間少なくとも一か年に六六九、九〇〇円の女子平均賃金相当額の収入(労働省労働統計調査部作成の昭和四八年賃金センサスの産業計、企業規模計、学歴計の被害者と同世代―六五才以上―の女子労働者の欄参照)を得ることができ、同人の生活費は収入の五〇%と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定する(七年のホフマン係数は5.874)と、一、九六七、四九六円となる。

(算式)

669,900×(1−0.5)×5.874=1,967,496

四慰藉料 四、〇〇〇、〇〇〇円

既に認定した本件事故の態様、被害者の受傷の部位、程度、治療の経過(証人畑俊平の証言によれば、被害者は、医師や親族の必死の治療や看病の甲斐もなく、ついに意識不明のまゝ事故が発生して二〇日後に死亡した。)死亡という結果、その年令、後記の親族関係等諸般の事情を考えあわせると、被害者の慰藉料額は、四、〇〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。

五権利の承継

〈証拠〉によれば、請求原因三の6のとおり原告は相続により被害者の権利のすべてを承継したことが認められ、したがつて同人の前記の三、四の損害賠償債権を全部取得したことになる。

六葬儀費 三〇〇、〇〇〇円

〈証拠〉によれば、原告は、被害者の葬儀を主宰し、そのため三〇〇、〇〇〇円を超える金員を支払つたことが認められるが、そのうち被害者の死亡による葬儀費用としては三〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認め、これを超える部分は本件事故と相当因果関係があるものとは認められない。

第四過失相殺

本件事故発生の原因、態様は前述のとおりで、本件南北信号機が青色を表示している途中で横断歩道を歩行し始めた被害者は、以後信号表示を見ても見なくても、黄色表示後急ぎ足で歩いても歩かなくても、いずれにしても危険な状況下におかれて本件事故に遭遇したものであり、そして、分離帯は安全地帯といいうべきものではなく、本件南北信号機の黄色、全赤の合計表示時間が不適切、危険なものであつたことを知つていて、そのため被害者としては、信号が青色を表示した直後ないしその後間もなくに横断を開始するなど安全のためには他の横断方法を考慮するのが相当であつたといいうるような資料のない本件においては、被害者および原告の被つた損害額の算定に当り過失相殺を考慮しなければならないような事情はなんらないというべきである。

第五損害の填補

三、五五〇、〇〇〇円

請求原因四の事実は、原告と被告北地、被告会社との間に争いがなく、原告と被告兵庫県との間においては弁論の全趣旨によつてこれを認めることができる(なお、被告らの主張三の被告会社が原告に対し損害の填補として合計九七三、七〇〇円の支払をなしたことは、原告と被告会社および被告北地との間では争いがないが、右は、原告の本訴請求外の損害に対する填補であることは弁論の全趣旨から明らかである。)。よつて、原告の前記損害額から右填補分を差引くとその残損害額は二、七六三、五七六円となる。

第六弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は二五〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。

第七結論

よつて、被告らは、各自、原告に対し、三、〇一三、五七六円およびうち一〇〇、〇〇〇円を除く二、九一三、五七六円に対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな被告北地、同兵庫県については昭和四九年八月四日から、被告会社については同月七日から各支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(鈴木弘 丹羽日出夫 山崎宏)

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